【夜葬】 病の章 -25-
村の男たちは武器をもち、船坂を先頭にして美郷の捜索に出た。
人数にして7人。目的は美郷を葬り去ることだ。
「どっちみちあれは野放しにしてはおけん。毎晩、殺しに来ることを恐れていてはおちおち眠れんしな」
ああ、そうだ。そうだそうだ。と相槌を打ちながら、船坂が先導する松明を頼りに村の男たちは続いた。
屋敷から美郷が出て行った後、話し合いの結果、できるだけ早く【地蔵還り】の心配を除いてしまおうということになったのだ。
当然、【地蔵還り】を危険視し、反対する意見も出た。
つい先刻まであんな恐ろしい力を見せつけられたのだ、反対する者の意見も無理もない。
だが一方で彼らは分かっていた。
だからと言って、あんな恐ろしいバケモノが歩き回っていて安心できるわけがない、と。
次第にふたつに分かれていたはずの意見は、『【地蔵還り】を殺そう』という方向にまとまりつつあった。
鉄二が気を失い、もはや誰もあれを『美郷』と呼ばなくなっていた。
「どういういきさつかは分らんが、美郷が死んで【地蔵還り】になった。奴自身が言っているとおり、あれを殺すには捕まえてちゃんと【夜葬】をしてやらにゃいかん。ただ殺すだけならば、頭でも切り離して潰してしまえばいいんじゃろうが、それでは【地蔵還り】の悪しき魂が船家夫婦や副嗣に移らんとも限らん。わかるな。殺すのではなく『捕まえてこい』。そうでないと、災厄は逃れられん」
船頭の話にうなずくと、村の男は決起し、武器を取った。
その中に、元の姿もあった。
「いけるのか、黒川」
「ああ、もう大丈夫だすまなかった。船坂」
「そうじゃない。俺が聞いているのは、『俺たちを邪魔しないか』ということと、『これから美郷を殺すために捕縛するが理解しているのか』ということだ。お前と美郷の間になにがあったのかは知らんが、村と家族を守るために俺たちはあれを殺す。それに耐えられないくらいなら来るな、ということだ」
「……どっちも分かっている。もう聞くな、船坂」
「そうか。悪かったな」
気持ちでは分かっているが、心では理解できていない。
本心はそうだった。
しかし、元にしてみても鉄二という息子がいる。美郷が美郷でない以上、大事な家族を守るために決意するしか道はなかった。
そしてそれに対し、『討伐組に参加しない』ということはあり得ないことでもあったのだ。
「家族……か」
切り離された土色の腕。無造作に捨て置かれたそれを見つめ、元はいずれ家族になるはずだった美郷を思った。
――どこでこうなったんだ。美郷……。
「よし、行くぞ!」
「おおっ!」
船坂と男たちの気合に、無理やり声を合わせ元は槌を掲げ、夜の闇へと歩を進めた。
捜索を始めてから二時間が経ち、討伐組が鈍振神社の林の中を探していた時。
目当ての【其れ】を発見した。
声を出しそうになる村人に振り返り、船坂が口元に指をあて『声を出すな』と合図する。
【地蔵還り】は、うずくまり、一心不乱になにかをしている。
徐々に近づいてくる船坂らにも気が付いていない様子だった。
――美郷……。
元の瞳にも当然、【地蔵還り】のその姿が映った。
その辺を転げ回ったのか、白い上着はそこら中に土で汚れ、失くした腕の付け根付近は赤黒いシミが広がっている。
船坂は少しの間様子を見て、【地蔵還り】がこちらに気付いていないことを認めると、元や男たちに【地蔵還り】を囲むよう指示する。
無言でうなずいた男たちは、音を立てないよう円形に【地蔵還り】を囲んだ。
7人がそれぞれ位置についたのを確認した船坂が深呼吸をする。そして【地蔵還り】に向かって叫んだ。
「おい! バケモノ!」
「……っ!」
船坂の声に振り返ったその顔に、誰もが絶句した。
顔も髪も、血で真っ赤に染まり、肉片や臓物、黄色い脂肪がまとわりついている。
まさにバケモノという言葉がぴったりの風貌だった。
「ひぃいい!」
余りにもおぞましい姿に、数人の村人が怯み声を震わせる。
船坂も思わず後ずさりしてしまいそうになったが、なんとか踏みとどまり【地蔵還り】を睨み返した。
「お前、何を食うてるんだ! まさか人か?」
松明を掲げ、【地蔵還り】の背後を照らした。草むらの中にぐちゃぐちゃに解体され、分かりにくいが狸の死体がある。
「……なんだ。獣の血か。生肉はそんなにうまいか」
「???」
船坂の言っていることが理解できていない【地蔵還り】は首を傾げ、瞼を何度もぱちくりとさせた。
「船坂、食ってない。みさ……いや、【地蔵還り】はこの狸を食ってないぞ」
「なんだと? どういうことだ黒川」
食っていたとしても気が狂いそうになる光景だったが、元にとってはそれよりもこの事実が衝撃だった。
口に出すのも憚れるほど、汚らわしい言葉。
「なんだ、言えよ黒川!」
【地蔵還り】の動向を注視しながら訊く船坂に、元は唇を噛むように答える。
「ただ、殺した……だけだ。ただ殺して、バラバラにして、それと遊ぶように顔や髪に狸の肉片やはらわたを塗りたくった。多分、大した理由も……なく」
風のない夜に、凍るような冷気が走る。
それに伴い、7人の討伐組の背筋が粟立った。
「ただ……殺しただけ? ただ殺して、なんとなく顔にはらわたと血、塗ったってか」
「ああ……」
顔が強張ったまま硬直している姿に、【地蔵還り】は真っ赤な顔で、にたり、と笑った。
-26-へつづく
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